メンバーの仕事紹介

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腕利きの大工に弟子入り

猪子茂昭さんは、少し年の離れた兄の影響を受けて育ちました。兄は、農家だった実家の牛舎を自分で建て、近所の農家の分も建てるほど手先の器用な働き者でした。兄の後ろ姿を見て育った猪子さんが、ものづくりの世界に飛び込んだのは自然な成り行きだったのでしょう。

学校を卒業した後、道東のとある町で大工の親方に弟子入りしたのが始まりでした。親方の家に住み込みで働き、最初は道具の手入れや仕事場の掃除など雑用から。「当時は、人間としての教育も含めて厳しく指導されました」と猪子さん。5年間はほぼ無給で休みもほとんどなく『修行』の毎日。しかも丁寧に仕事を教えてもらえるわけではありません。「仕事は盗むものなんだ」というのが親方の考え方でした。

気密測定の機械
紺色のシャープな印象の住宅
念願の独立

厳しい修行時代を無事5年間勤め上げて一通りの大工仕事をこなせるまでに成長、1年間の「お礼奉公」を経て一人前の大工として独立しました。十勝に移り住んで工務店の一大工として働きながら新しいことにもどんどん挑戦していくうちに、責任ある仕事を任されるようになりました。

結婚して公私ともに充実してきた猪子さんは、念願だった独立を果たします。しかし、仕事は?そんなときあるとき、ハウスメーカーから「指定工事店にならないか」と声がかかりました。指定工事店になれば、ハウスメーカーから仕事が安定的に舞い込みます。独立したばかりの不安な時期でしたから、さっそく受けることにしました。今から二十数年前のことです。

当時はハウスメーカーの勢力が全国の隅々まで拡大した時代。指定工事店としての仕事は忙しく、会社はほどなく軌道に乗りました。それに加え、猪子社長に直接「家を建ててほしい」と来る人もでてきました。すべてが順調でした。

地域工務店として自立

ところがバブル崩壊後、道内経済は低迷を続け、住宅需要もしだいに落ち込みます。平成8年に3万戸を数えた道内の注文住宅着工戸数はわずか2年後の平成10年に1万8千戸に激減。その後も低迷を続けます。ハウスメーカーの快進撃も止まり、徐々に仕事が減ってきます。そこで「仕事が来るのを待っているだけではダメだ」と指定工事店の看板を下ろし、地域工務店として自立することを決意します。

それから約10年、現在ではモダンや和風、洋風デザインなどお客さまの様々な要望に応えた注文住宅を建てています。自社受注の住宅は累計200棟を突破し、昨年から新住協十勝支部に加入しました。今年は「北方型長期優良住宅推進協議会」に他の支部仲間とエントリーし、より快適な住まいづくりに挑戦します。

公開中のモデルハウス「四寸の家」
中もモダンな感じに
四寸の家リビング。窓から明るい光が射し込む
リビングにはレトロな薪ストーブも装備
猪子建設 猪子茂昭さん
猪子 茂昭さん
猪子 茂昭さん
  • 有限会社猪子建設
  • 河東郡音更町共栄台西12丁目7-4
  • Tel 0155-31-3183

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